有松・鳴海絞

有松・鳴海絞の歴史~独特な紋様と風合い~

有松・鳴海絞の歴史を年代別にかんたんに紹介

1608年:有松地域が尾張藩によって新しい集落として開かれる。
1610年:竹田庄九郎が絞り染めの手ぬぐいの製作を始める。
1781年:尾張藩が有松の業者に絞りの営業独占権を与える。
1975年:愛知県で有松・鳴海絞が初めて国の伝統的工芸品に指定される。
1992年:名古屋市で第1回国際絞り会議が開催され、「ワールド絞りネットワーク」が設立される。 ​

有松・鳴海絞の歴史(詳細)

有松・鳴海絞の歴史は約400年前、慶長13年(1608年)に始まります。この時、有松地域は人家がなく、尾張藩は治安のために集落を作ることを決定しました。新しい集落として有松が開かれ、竹田庄九郎という人物が重要な役割を果たしました。竹田庄九郎は、名古屋城の築城に伴い九州から来た人々の着用していた絞り染めの衣装からヒントを得て、絞り染めの手ぬぐいを製作し始めました。これらの製品は「九九利絞(くくりしぼり)」と呼ばれ、故郷への土産品として人気を博し、有松・鳴海絞が広まり始めました。

有松絞りの歴史は、尾張藩が有松絞りを特産品として保護し、竹田庄九郎を御用商人に指名したことから始まります。尾張藩は1781年(天明元年)に有松の業者に絞りの営業独占権を与えました。この絞り染めは初めは有松の町でのみ行われ、販売は隣町の鳴海で行われていました。徐々に鳴海でも生産されるようになり、有松・鳴海全体で絞り屋が見られるようになりました。繁栄は葛飾北斎や歌川広重の浮世絵にも描かれ、有松・鳴海絞りの名声はさらに高まりました。

絞り染めは世界各国で自然発生的に誕生し、日本では紀元前から存在していました。有松絞りは竹田庄九郎翁から新しい技法を工夫、改良する精神を受け継ぎ、数多くの新技法を開発し続けています。有松の景観は名古屋市の町並み保存指定第一号として、また全国町並み保存連盟の発祥地としても知られています。

1975年には愛知県で初めて国の伝統的工芸品に指定され、1992年には名古屋市で「第1回国際絞り会議」が開催され、「ワールド絞りネットワーク」が設立されました。これにより絞り染めは世界中に広まり、新しい技術や新素材の開発も行われています。現在、有松・鳴海絞は進化する伝統工芸品として注目を集めています。

-有松・鳴海絞