岡崎石工品の歴史を年代別にかんたんに紹介
室町時代後期(~1500年代):岡崎石工品の始まり。
16世紀:岡崎城主田中吉政が石工を招き、岡崎石工品の製造が始まる。
19世紀初め:石屋町形成。29軒から約50軒に増加。
1844-1851年:岡崎石工品工業の発展期。
1967年:上佐々木町に石工団地形成。
1976年:稲熊町に石工団地形成。岡崎石製品工業団地協同組合設立。
1978年:岡崎石製品協同組合連合会設立。
1979年8月3日:伝統的工芸品の指定を受ける。
2013年:伝統的工芸品の指定内容の変更。
岡崎石工品の歴史(詳細)
岡崎石工品の歴史は室町時代後期に始まり、特に16世紀に岡崎城主の田中吉政が城下町の整備のために河内・和泉の石工を招いたことがその起源とされています。この時期、岡崎城下の整備に伴い、石垣や堀の造成に優れた技術を持つ石工たちが住み着き、春日型灯籠や六角雪見型等の岡崎石工品の原型を作り出しました。近隣から採取できる優れた花崗石が石材加工に適しており、19世紀初めには「石屋町」を形成するほどに29軒から約50軒へと増加し、戦前には最盛期には350軒を数えるほどの隆盛を極めました。
永禄年間(16世紀後半)にも岡崎城主による城下町の整備で河内・和泉の石工が招かれたとされ、弘化元年(1844年)から嘉永4年(1851年)にかけて、庶民の深い信仰心に支えられながら、岡崎石工品工業は発展しました。良質の花崗岩の存在、東海道の宿場町としての地理的利点、参勤交代による諸大名の関与、川舟による重い石製品の輸送能力などが、その技術と技法の発展に寄与しました。
戦後の高度成長期には機械化の進展と道路整備、自動車の普及により作業効率と輸送力が大幅に向上しました。昭和42年に上佐々木町、昭和51年に稲熊町に「石工団地」を形成し、それぞれ岡崎石製品工業団地協同組合と協同組合岡崎石製品工場公園団地を設立しました。昭和53年には、岡崎石製品工業協同組合の3組合で岡崎石製品協同組合連合会が設立され、翌年の昭和54年8月3日には経済産業大臣から伝統的工芸品の指定を受けました。この指定は初め「岡崎花崗岩」のみでしたが、平成25年には「岡崎花崗岩又はこれと同程度の品質の石」と改められ、用途についても新たな種類が加えられました。現在、職業訓練法人岡崎技術工学院では石材加工技術の訓練が行われ、匠の技が受け継がれています。