上野焼

上野焼の歴史~千差万別の趣と美しさ~

上野焼の歴史を年代別にかんたんに紹介

1602年 - 豊前小倉藩主・細川忠興公が李朝陶工の尊楷を招き、上野で窯を築く。
徳川時代 - 小堀遠州によって上野焼が遠州七窯の一つに選定される。
明治35年(1902年) - 廃藩置県後、一時期途絶えていた上野焼が田川郡の補助を受け再興される。
昭和58年(1983年) - 国の伝統的工芸品に指定される。

上野焼の歴史(詳細)

上野焼の歴史は、1602年に豊前小倉藩主・細川忠興公が李朝陶工の尊楷を招き、上野の地で窯を築いたことに始まります。細川忠興は千利休から直接茶道を学び、「茶禅一味」の奥義を極めており、尊楷との出会いが上野焼四百年の歴史の始まりとされています。尊楷は細川忠興の指導の下、上野喜蔵高国と名を改め、格調高い茶陶を献上し続けました。徳川時代には、大茶人・小堀遠州によって遠州七窯の一つとして選定され、独特の暖かみを持つ上野焼は当時の茶人に好まれました。
明治時代に豊前小倉藩が廃藩置県により無くなった後、一時期途絶えたかに思われた上野焼ですが、明治35年に田川郡の補助を受けて再興されました。昭和58年には国の伝統的工芸品に指定され、現在は約20窯元が上野地区に点在し、多種多様な色と肌が特徴の格式ある茶陶や日用品を生み出しています。
長い伝統と歴史を持ちながら、現代の感覚を取り入れた洗練された優美な作品を数多く発揮している上野焼は、400年の伝統を現代に引き継いでいます。

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