山形仏壇

山形仏壇の歴史~静寂の中にある豪華絢爛なつくり~

山形仏壇の歴史を年代別にかんたんに紹介

享保年間(1724~1777年): 初代星野吉兵衛が江戸浅草の後藤茂右ェ門に木彫りを学ぶ。その後山形に帰り、彫刻を生業として欄間や仏具等の制作に携わる。

江戸時代中期: 二代目星野吉兵衛広林が漆塗師、蒔絵師、金具飾職人を統合し、山形で仏壇の組立てと製作を始める。

明治時代(1868~1912年)以降: 分業制が取り入れられ、山形の仏壇製造において伝統技術が保持され、専門技術を持つ職人が育成される。

昭和55年(1980年): 山形仏壇が通産大臣から伝統的工芸品として指定される。

山形仏壇の歴史(詳細)

山形仏壇の歴史は江戸時代中期、享保年間(1724~1777年)に始まるとされ、その起源は初代星野吉兵衛が江戸浅草の工匠、後藤茂右ェ門に木彫技術を学び、山形に帰ってから欄間や仏具などの彫刻を生業としたことに由来します。山形県は紅花等の特産品の交易が盛んで、京都方面との文化交流を通じて仏壇製造の技術が伝えられました。山形の豊かな自然環境には漆樹が多く、優れた漆液を生産することが可能であり、それが漆工業とともに仏壇製造の発展に寄与しました。

二代目星野吉兵衛広林は、江戸での学びを生かして漆塗師、蒔絵師、金具飾職人を統合し、組立から製作までを行う体制を整えました。このような分業制は明治以降も続き、それによって高度な技術を持つ職人が育成されてきました。300年以上の伝統を持ち、昭和55年(1980年)には通産大臣から伝統的工芸品に指定された山形仏壇は、今もなおその技術と文化を守り続けています。

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