南木曽ろくろ細工

南木曽ろくろ細工の歴史~なめらかな表面と天然木地の温かみ~

南木曽ろくろ細工の歴史を年代別にかんたんに紹介

1100年以上前: 文徳天皇の第一子椎嵩親王の従者の末裔とされる祖先が木地師としての歴史を開始。
18世紀前半: 南木曽ろくろ細工の始まり。名古屋や大阪方面へ木地荷物を出荷。
江戸時代中期: 地域で白木の挽物(ひきもの)の生産が行われる。
明治時代初期: 約15人の木地師と塗物師が椀、盆、茶盆の製作に携わる。
明治時代中期: 水車を動力としたろくろの導入により技術と生産力が向上。
昭和時代初期: 茶盆や茶びつなどの製品が全国へ広まり、白木製品と拭き漆製品が大量に出荷される。
1970年代: 漆畑地区に木工店を設立。
1976年(昭和51年): 現在の店舗の設立。後に国指定の伝統的工芸品店となる。
1980年(昭和55年): 国指定の伝統的工芸品店として公式に指定される。

南木曽ろくろ細工の歴史(詳細)

南木曽ろくろ細工の歴史は、深く長い伝統に根ざしています。その始まりは、18世紀前半にさかのぼります。この時期には、名古屋や大阪方面へ盆や椀などの木地荷物が出荷されていたことが古文書に記されています。特に「勝野文書」には、江戸中期にはこの地で白木の挽物が生産されていたことが記されています。明治初期には、木地師と塗物師が合わせて約15人おり、椀や盆、茶盆、丸盆などのろくろ細工に携わっていました。

明治中期になると、水車を動力源とするろくろが導入され、技術と生産力が向上しました。これにより、南木曽ろくろ細工は産地としての地位を確立しました。昭和初期には、茶盆や茶びつを中心とした商品が全国に出荷され、白木製品と共に拭き漆製品も大量に生産されました。原木の枯渇や不便な交通事情といった問題に直面しながらも、手作りの品質と木製品の魅力が再評価され、現在まで続いています。

さらに、南木曽ろくろ細工の背景には、約1100年以上前に遡る祖先の歴史があります。第55代文徳天皇の第一子椎嵩親王の従者であった小椋大臣実秀、大蔵大臣惟中の末裔とされ、その後裔たちは良木を求めて移動しながら木食器を作り、生計を立ててきました。この長い歴史と伝統は、現在もほとんど変わらない姿で受け継がれています。

最初に漆畑地区に店舗を構えたのは1970年頃で、その後建て増しを行い、現在の店舗が形成されました。創業は昭和51年(1976年)7月10日で、昭和55年(1980年)には国指定の伝統的工芸品店となりました。これらの事実は、南木曽ろくろ細工が日本の伝統工芸としての重要な地位を占めていることを示しています。

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