波佐見焼

波佐見焼の歴史~透き通るような白が魅力の伝統陶磁器~

波佐見焼の歴史を年代別にかんたんに紹介

慶長4年(1599年)
- 波佐見焼の始まり。波佐見町村木の畑ノ原、古皿屋、山似田に連房式階段状登窯を築き、やきものづくりを始める。

1600年前後
- 波佐見最古の登窯とされる下稗木場窯跡が唐津焼の影響を受けながら生産を開始。

1610~1620年代
- 朝鮮人陶工たちが関わり、波佐見で初めての磁器生産に成功。

1630年代
- 磁器の原料となる陶石が三股で発見され、波佐見三股で本格的な磁器窯が築かれ、青磁の生産が活発化。

1666年(寛文6年)
- 皿山役所設置。大村藩による陶業の保護と育成が始まる。

1680年代
- 中国磁器の輸出再開により、波佐見焼は新たな生産へと移行。「くらわんか碗」が大量生産される。

明治時代
- 皿山役所閉鎖。大村藩からの支援がなくなり、窯業は個人経営へと移行。新たな技術導入や窯業振興により、波佐見焼は活気を取り戻す。

昭和時代
- 新たな技術や生産体制の整備、陶磁器工業組合の設立。戦後、日用食器の需要高まり、波佐見焼は再び発展。

1978年(昭和53年)
- 波佐見焼が「伝統的工芸品」の指定を受ける。

現代
- 波佐見焼はカジュアルな普段使いの器として広く愛用され、新しいデザインや技法の導入で人気を博している。

波佐見焼の歴史(詳細)

波佐見焼の歴史は約400年前にさかのぼります。慶長4年(1599年)、波佐見町村木の畑ノ原、古皿屋、山似田の3か所で連房式階段状の登窯が築かれ、やきものづくりが始まったことが、この陶磁器の始まりとされています。当初は施釉陶器を生産していましたが、後に村内で磁器の原料が発見され、染付と青磁を中心とする磁器生産へと移行しました。これにより波佐見焼は大村藩の特産品となり、江戸後期には染付の生産量が日本一に達しました。

平成5年(1993年)に行われた下稗木場窯跡の発掘調査では、この窯が1600年前後から生産が始まった波佐見最古の登窯であることが判明しました。また、文禄・慶長の役の際に連れ帰った朝鮮人陶工たちが関わり、1610~1620年代頃には波佐見で初めての磁器生産に成功しました。17世紀中頃、中国の内乱の影響で日本の陶磁器が海外市場に注目されるようになり、波佐見焼も大量生産と海外への販路拡大を図りました。

「くらわんか碗」と呼ばれる丈夫で壊れにくい、厚手で素朴な製品は波佐見焼の代表的な存在となり、庶民の食文化を大きく変えました。波佐見焼は、巨大な連房式登窯での生産により、手頃な価格で全国へ、そして海外へとその販路を広げました。町のあちらこちらに残された登窯跡は、その豊かな歴史を今に伝えています。そして、波佐見焼は常に新しい技術に取り組みながら、良質の日常食器をつくり続ける土と炎の伝統を今も確実に息づかせています。

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