全部で124工程あると言われている「輪島塗」。
熟練の職人が一つ一つ丁寧に仕上げる輪島塗は、現在も多くの人から人気を集めています。古くから変わることなく引き継がれている技術や、分業制を取り入れ、今なお伝統を守り続けています。
輪島塗の独自技法の漆と米糊を混ぜたものを接着剤に使う技法や、麻布や寒冷紗などの布を貼りつける作業の「布着せ」。そして、器に彫りを入れた部分に金を入れ込む技法の「沈金」など輪島塗ならではの工程も多く存在します。
今日でも日本、世界中に多くの輪島塗の愛好家が存在していますが、一体どのようにして作られているのでしょうか?今回は、輪島塗の作り方を漆の特徴から沈金・蒔絵の解説まで詳しく解説します。
目次
輪島塗は何をするためのもの?
輪島塗は、強度な作りと加飾の美しさを特徴とする日本を代表する漆器の一つです。輪島塗は全国の漆器の中で唯一重要無形文化財の指定を受けています。
輪島塗最大の特徴はその工程数にあります。製造工程は、材料を何回かに分けて切り出したり、下地作りに珪藻土の地の粉を使用したりと、最大124工程に及びます。古くから、大量注文に素早く対応できるように、一つの工程を丁寧にできるようにと、工程ごとに専門の職人が分業をしていました。
それぞれの工程に職人たちがいるため、例え壊れたとしても、修理すれば使い続けることができます。そのため、多くの人が孫の代まで大切に利用していました。
輪島地域で発展した理由
輪島塗が人気になった秘密は輪島の土地にもあります。輪島では、輪島漆器の素材となるアテやケヤキ、漆、地の粉が豊富に採取できたことが、輪島塗発展の大きな理由です。また、輪島市は石川県の沿岸部で、港から材料の運搬をするだけでなく、完成品を全国に広められた点も輪島塗の人気に影響しています。
輪島塗は長く続いた江戸時代に、「分業制」や「製造に利用する地の粉」「沈金、蒔絵などの加飾方法」が登場し、大きく発展を遂げたと言われています。その後も明治維新で大打撃を受けた漆器でしたが、輪島塗は独自のルートで規模を拡大していった歴史を持っています。
輪島塗に使われる漆の種類や地の粉
輪島塗は国指定の伝統工芸品ですが、「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」により名乗るためには特別な作り方をしている必要があります。
伝統工芸品の「輪島塗」と名乗るための要件としては以下の3つを満たす必要があります。
・素地が木地であること
・下地塗りの後に布着せをしていること
・地の粉下地であること
輪島塗りに使われる漆はどのようなものなのでしょうか?
輪島塗に使われる漆の種類
漆は、うるしの木の幹にキズをつけて採取する樹液のことをいいます。
よくうるしにかぶれて、手が痒い!という人がいますが、これはうるしの生の樹液に含まれるウルシオールに反応してしまうためです。うるしは半透明な乳白色をしています。採取したうるしをろ過して、不純物を取り除いたものを生漆(きうるし)と呼び、輪島塗の下地塗りなどに使用します。
古くは、黒、赤、黄、緑、朱の5色系が漆の色彩として使用されていました。漆の強力な塗膜は色落ちしづらい輪島塗りを作ります。販売されている輪島塗を見て分かるように、今では豊富な色展開がなされていますね。そもそも漆自体に色はないので、これは顔料などを混ぜることでさまざまな色を表現しているのです。
地の粉(じのこ)って何?
輪島塗の大きな特徴は、輪島産の「地の粉」が使用されていることです。
地の粉とは輪島付近の山から出る粘土を焼いて作ったものです。地の粉の正体は、泥岩と同じ種類で、珪藻土です。珪藻土は焼くことで黒くなり、サラサラとした質感へと変化していきます。
珪藻土といえば、バスマットなどに使われていますよね。珪藻土の水分を吸収する仕組みを輪島塗にも利用して、珪藻土に漆を吸収させるのです。こうして漆と珪藻土が一体化することで非常に硬い、堅牢(けんろう)な下地になるのです。
輪島特製の地の粉を下地に用いることで輪島塗は割れにくく、耐久性が上がります。
原木をお椀にする工程:木地づくり
木地作りの工程は下記のように行われます。
・材料選び出し
・図面を元に材料を輪切りにする
・椀の寸法より大きく削り出して木地を作る
・木地を燻して乾燥させる
・1年ほど自然乾燥で寝かせる(含水率を調整し木地を整える)
・切り出し(ろくろやカンナを使用)
材料を削り出した後に、自然乾燥を1年も行うとは驚きですよね。乾燥させることで水分を飛ばし、壊れにくく強い輪島塗のベースを作っているのです。
それでは、各工程を詳しく見ていきましょう。
材料の選び方
漆塗りの工程は、木地を作るところから始まります。木地は木を削って器の形にする工程のこと。木地はお椀、お皿、重箱、箸木地、曲物木地など器の用途によって、形や材質が変わります。
輪島塗の原料となる木地には、ケヤキやアテなどの木材が使われています。お椀、お盆などの木地は、漆のなじみ具合が良いケヤキ、トチ材、ミズメザクラが使用されています。また、輪島塗のお膳や重箱などには、耐水性の高さからアテ、ヒノキ、キリ材が使われています。
お椀の木地にするケヤキはなんと樹齢100年以上のものを使っており、輪島塗の木地には選び抜かれた木材を使用しているのです。
切り出し方法
用途によって木を切り出す技法も変わってくるため、それぞれの技法においての職人が存在します。
例えば、お椀の木地づくりであれば、回転式のろくろに木材をセットしてカンナで挽きながら円形に削っていきます。この場合の材料は、ケヤキやミズメサクラなど。
木地を作る職人のことを木地師といいますが、彼らはろくろやカンナなどの道具を使用しながらお椀、鉢、湯呑みに合わせて木材を形成します。特に輪島塗で有名な「鉋目(カンナメ)模様」は、お椀を作る木地師が鍛冶道具を使い、手作業にて作られています。木地を削った痕を残すギザギザ感があるのが特徴です。
漆を塗る工程:下塗り・中塗り・上塗りなど
木地づくりが終わると次は漆塗りの工程です。木地に漆を塗っていく工程では「本堅地」や「布着せ」といった輪島塗独自の技法が使われている点が特徴です。具体的な手順は以下の通りです。
・下地塗り
・木地固め
・布着せ
・中塗り
・上塗り
それでは順に解説をしていきます。
下地塗り、木地固め
輪島塗の工程で一番多いのが「本堅地の作業」です。椀木地が完成したら、次は器に合わせて木地を補強する工程に入ります。
塗師は、木地の接合部分や亀裂などを小刀で浅く彫っていきます。彫った箇所に、「こくそ」と呼ばれる漆とケヤキの粉に少量の米糊を混ぜたものを、ヘラを使って埋めていきます。
下地塗りの作業は、地の粉の粉の大きさによって一辺地付け、二辺地付け、三辺地付けと何度も行っていきます。この作業では木地を平らに整え、完成後の塗面に凹凸が現れるのを防ぐために重要な工程です。
布着せ
木地固めが完了すると「布着せ」の作業を開始します。布着せは生漆と米糊とを混ぜたものを接着剤に用いて、麻布や寒冷紗などの布を貼りつける作業のことです。
輪島塗では重要な工程の一つになっています。塗師の手作業で布と木地とが完全に密着するように調整をし、木の強度が増すことが特徴です。
中塗り
中塗りとは、塗師が中塗り漆を器に塗っていく作業です。中塗漆を塗り終わると杉板で作られた収納庫、塗師風呂で乾燥をおこないます。
漆は空気中の水分を取り込みながら固まっていくので、「25℃/湿度65%」を基準に調整することが大切になってきます。
上塗り
そして上塗りの工程では、精製漆を数回に分けて刷毛塗りします。作業をする季節や天気に合わせ、職人は漆を調合しおこないます。気候に合わせて漆の調合を行っているため、熟練の職人技と言っても良いのではないでしょうか。
塗りの仕上げの工程は「塗立て・呂色」
まず塗立て(ぬりたて)は、漆を塗った表面が美しく反射する他、艶が少なくマットでしっとりとした風合いになる技法です。
次に呂色(ろいろ)とは、呂色師が塗りあがった表面を研炭で平滑に砥ぎ、漆をすり込みながら磨いていく技法のことで、漆特有のシックな質感に仕上がります。どちらも使い込むほどに美しい色合いへと変化していきます。
お椀に模様を描く工程:加飾
輪島塗の加飾は「沈金(ちんきん)」と「蒔絵(まきえ)」の2種類があります。特に「沈金」は輪島塗独自の加飾技法として知られています。
「沈金」と「蒔絵」の違い
加飾の工程は、輪島塗の最後の工程です。美しい飾りを加える仕上げの工程。
沈金と蒔絵の2つの大きな違いは、金粉や金箔を「彫った面に塗り入れる(沈金)」と「平面に塗る(蒔絵)」という金粉や金箔の付け方です。
それぞれの工程を見ていきましょう。
「沈金」の流れ
1.和紙に下絵をかく
2.器に下絵を写す
3.道具を使用して点や線を彫りつつ絵を描く
4.彫った部分に漆を薄く塗る
5.漆を塗った部分に金箔や金粉を押し入れる
6.漆に金箔が定着するよう湿気をあたえ、さらに乾かす
7.仕上げ
美しい線に加え、面を擦ったり、削る刃物の形状によってさまざまな模様を編み出すことができます。沈金は文様に漆を塗って、金箔や金粉を押し入れるため絵を描くのとは少し違います。蒔絵よりも高い技術力を必要とするため、職人の積み上げてきた経験と一点に集中する根性が試される工程なのです。
「蒔絵」の流れ
1.筆を用いて漆で絵を描き加える
2.金粉や金箔、銀箔を巻き付けて装飾を加える
蒔絵には、「研ぎ出し蒔絵・平蒔絵・高蒔絵」の3種類があります。
どれも蒔絵師が漆器の上に漆で文様を描いて、それが乾かないうちに金などの金属の粉をまいて乾かすことは同じですが、文様の部分を盛り上げて立体的にするのか、漆を重ねて塗り固めるのかなどによって呼び名が変わってきます。ちなみに、一番豪華で美しい蒔絵は「高蒔絵」です。平蒔絵に前もって漆や炭の粉などで盛り上げた、立体的な手法です。
全て一つ一つ職人が丁寧に手作業で仕上げています。
できあがった輪島塗の特徴
木地づくり、漆塗り、加飾の工程を経て完成した輪島塗は、以下の3つの特徴があげられます。
色彩の美しさや表面質の美しさ
輪島塗は、高級感のある色合いや表面の美しさが特徴です。長い間使ってくると出てくるしっとりとした艶、使用していると現れる傷跡すらも味わい深いですね。
仮に、割れてしまっても修理が可能で、色がはげてしまっても塗り直しをすることができるため、手を加えながら長期にわたって利用ができるでしょう。使い込んでいると現れる美しさこそ、輪島塗の魅力ではないでしょうか。
輪島塗の誇る堅牢(けんろう)性
木地を乾燥させ、下地を固め、布着せをおこない、1工程も欠けることなく職人さんたちの手作業で着実に作られる輪島塗はとても強度の高い漆器です。その高い強度から、仏具として頻繁に使われる寺社や、飲食の提供で活用される料理屋から「輪島物は堅牢」との評価を受けています。
「この職人さんは割れにくい漆器を作ってくれる」と、クチコミで取引先が広がる場合もあります。
職人の高い技術力
漆は湿度や気温など、その日の天候によって仕上がりが変わる道具です。漆掻き職人さんの腕前によっても漆の性質は異なりますし、採取した場所によっても漆の個性は変わってきます。それを使い分け、製品化する職人の技術力はすごいものですよね。
輪島塗を持った時に手に伝わる「温かな漆の肌合い」は多くの職人が手間暇かけて作られた努力の結晶です。伝統工芸品は高級なイメージがありますが、1年以上の年月をかけて作られる作品をみれば、輪島塗の値段に込められた意味が感じられるでしょう。
輪島市には、輪島塗の歴史や技術を学ぶことのできる「輪島漆芸美術館」があります。
終わりに
手間暇かけて作られている輪島塗。制作工程は他の漆器では見られない工程の多さで驚きますよね。輪島塗は、木地作りや独自の加飾方法が確立されており、その名の通り石川県輪島市でしか製造されていません。
今では高級志向の器に変わり、特別なときにしか使わないかもしれませんが、元は日用品として多くの人に愛用されていました。何もない日にこそ特別な輪島塗を使い、暮らしを豊かにするのも良いでしょう。
今なお世界中から注目されているのには、職人の思いや伝統を守ろうとする地域の人々の気持ちがあるからです。日本には輪島塗を購入できるお店が多くあります。ぜひ一度伝統工芸品の美しさ、その温もりを感じてみてはいかがでしょうか。